Date: Mon, 2 Nov 1998 17:31:19 +0900

I N T E R V I E W : 音のある世界で
vol. 1 佐野元春さん


──今日は、音楽を演奏し歌う佐野さんではなく、音を聴いているヒトとしての佐野さんについて教えてください。



佐野:わかりました。僕が日常、音とどう付き合っているか、少しお話ししてみますね。僕はミュージシャンなので、レコーディングには大抵スタジオを使います。閉ざされた空間の中での作業です。去年僕は、ニューヨークから車で北へ約3時間ぐらいのところにある、ウッドストックで、レコーディングをしました。ベアズビルスタジオといって、ウッドストックの森の中にあります。

──森の中…。

佐野:そう、一言で言うと山小屋なんです。そんな一軒家にスタジオの機材を持ち込んで、楽器を奏で、歌を歌って、ありのままを録音するというスタイルを僕たちはとった。こうしたレコーディングは、現代においては非常に稀なケースです。また、そこは小屋ですから、音がきれいに遮音されていない。

──遮音壁とかの設備は?



佐野:いや、ただの小屋なんです(笑)。ですから、レコーディング中でも、みぞれが降ってくれば、それが屋根にあたる音が聴こえる。にわかに曇り空になって風が強く吹き始めれば、外でヒューと鳴る音が聴こえる。そんなふうにして、ある種自然に抱かれたレコーディングを経験したんです。

──エンジニアの方は、その音をどう思っているんでしょうね?

佐野:通常なら、音の漏れはすごく気にします。楽器や声以外の余分な音を、入れ込みたくないのが普通です。しかしウッドストックのエンジニアは、そんなことお構いなしにやった。レコーディングの最中に外で風が吹けば、その風の音が鳴っているのが当たり前だし、みぞれが屋根に降ってバシバシ音がすれば、それもその時のレコーディングの佇まいなのだといったような、多少こう達観したみたいな。そんなエンジニアだったんですね。

──東京のスタジオとは、随分勝手が違いそうだ。

佐野:僕、最初びっくりしたんです。それまで、東京に限らず、ニューヨークでもロンドンでもやってきましたが、クリアーな状態の中で音を構築していくのがレコーディングという作業だと思っていましたから。だから、目から鱗が落ちる思いだった。
僕はアメリカに来て、ウッドストック・ベアズビルで録音している。バンドが演奏して、僕が歌っている。それと一緒にウッドストックの自然も歌っているのだと思えば、そのまま録音するのが、この場所でのレコーディングなんだろうなっていう風に思えてきて。逆に僕は、だんだん愉快になってきた(笑)。

──歌いながら、聴いていたんですね?



佐野:自分のヘッドフォンから、目の前のヴォーカルマイクが拾った、非常に細かな外の音が伝わってくる。スタジオの外に広がる、ウッドストックを感じながら歌った楽曲が、何曲かあるんだ。具体的に言うと「誰も気にしちゃいない」っていう曲を録音している時、外では夏の雨がシトシトと降っていて、緑が非常に鮮やかだった。それは、そこはかとなく聴こえるはずです。

──なんで愉快になるんでしょう?

佐野:ああ、僕にとってはこっちの方が気持ちいいや。自分が普段合理的だと思い込んでいることが、決して絶対じゃないんだっていう気づきに、一つの愉快さを見るんだろうね。"へへへぃ"という感じかな(笑)。

──自由になっちゃったんですね(笑)。

佐野:そういう感じだね。

──「自然も歌っている」っていう表現が、面白い!

佐野:それは、誰もが体験してることだと思う。幼い頃に海辺へ行き、お父さんお母さんが離れて行って海岸に一人ぼっちになった時、そこに聞こえる波の音だとか砂の音、これは何なのだろう?といった純朴な感情。そういう時に、誰もが聴いてきたものだよね。

──なるほど。

佐野:大きくなってからも、僕は時折まったく一人になって聴いているよ。ウッドストックでも真夜中に、…耳をすまして、そこで聞こえる音をよく聴いていた。けものの声、鳥たちの声、風の声。それから森の葉っぱの擦れ合う、さざめきね。それから地面の音。

──地面の音!?


佐野:たぶん、風で埃や土埃が擦れる音だろうね。山の頂から流れてくる、遠くで鳴っているせせらぎとか、ダムの音。それらが全部一つになって…。

佐野:…僕は、そういう環境の中で、目をつむって耳を澄まして。聴こえてくる音を手がかりに、心の中でそれを視覚化していく。目に見える景色ではなく、僕だけの、僕だけに見える景色がそこに生まれている。言ってみれば、自分を遊戯にするんだね。

──遊戯?

佐野:そうするのが、すごく好きなんだ。森にいても街中でも、いま見えてる景色じゃなくてね、音を頼りに心の中で自分だけの景色を描く。実はこれがね、“詩を書く”ということなんです。よく人は目に見えるもの、たとえば目の前にあるリンゴを見て何か感じ、詩を書くんじゃないですか…、なんて言うんだけど、僕の場合、目に見えるものはあまり当てにしない。むしろ、視覚を閉ざして、耳で聴こえるものを頼りに、なにか想像力を働かせることの方が多いんです。

──ウッドストックの森の話の間、ずっと目をつぶっていましたね。

佐野:うん、そうだね。

──目をつぶりながら歌うことは多いですか?

佐野:目をしっかり開いて歌う方が、僕は好きです。みんなをしっかり見る、あるいはその向こう側にあるものを見ながら歌うのが好きだ。ただレコーディングは、自分の編んだ言葉や音楽に没頭する作業だから、特に情緒豊かな曲だと、やはりこう目をつぶりがちですね。言われてみると、不思議だけど、つぶってることが多いと思う。


──他の人のレコーディングにも参加していますよね。

佐野:そう。矢野顕子さんのレコーディングに、歌で招待されてね。彼女は僕なんかよりも、100倍も1000倍もいろんな音を聴き分けられる、超人なんです。スタジオで、僕が「フン.ン.ン...」って歌いだしたら、矢野さんが「佐野クン、ちょっと1/4音低いわよ」って言うんだ。

──1/4!
佐野:たとえば、一つのドの中にも音程があって、それが1/4下がってるって言う。僕は数字で言われても、それを1/4上げることはできない。でも彼女にはそれが聞こえている。どうにか1/4上げたイメージで歌ってみたよ。何回か試行錯誤して、ようやくOKが出た。だから、『ああ世の中には耳のいい人がいるんだな』と(笑)。

──(笑)その時も、目をつぶっていましたか?

佐野:もう始終目をつぶって、一所懸命歌ったよ。僕の曲は、どっちかっていうとシャウトするものが多くて、多少の音程のズレなんか関係ないぜ、っていう感じで歌うんですが、その時矢野さんとご一緒した曲には非常にナイーブな詩がついていた。正確さを要求される、厳しいレコーディングだったんだ。矢野さんの意図もよくわかったので、僕がんばりました(笑)、というお話。いまだに1/4音はわからない。(この曲は「自転車でおいで」)

──佐野さんは以前、ニューヨークに住んでいた時期もありますよね。

佐野:うん。

──騒音の街と言うけれど、音は音で楽しい街ですよね。

佐野:楽しい。街もそうなんだけど、例えばその騒音の中でセント・キャセドラル教会に入って、真ん中あたりにスッと座って時間を過ごすと、これもまた何と言うかな。そこでしか得られない音が、あるんだよね。

──他の教会とも違う音なんですか。

佐野:これがヨーロッパだと、同じ教会でもまた違うんだ。セント・キャセドラルの無音感とは違う。無音というのも音だが、その無音感が違うんだ。ヨーロッパの教会空間の残響感の長さ、そしてその残響感の気持ちよさは、また格別だよ。人々が聖歌を歌うときに、それぞれの声が重り合って、倍音* がきれいに響きあうような音響設計が施されている。
(*倍音=音には、振動数が整数倍の上音が含まれいて、これを倍音という。通常の楽器の音は,基音と倍音が複合している)

──楽器のような空間なんですね。

佐野:素晴らしい建物なんだよね、教会っていうのは。人間の声がもっとも美しく、もっとも豊かに響く構造だ。だから天井があんなに高くて、こうラウンドしているわけだね。僕はこうした深い残響感に日常的に触れる経験は、日本の住空間にはないなぁって、思った。そう、ヨーロッパのレコーディングエンジニアは、残響に対するセンスがぜんぜん違うんだよ。

──え?具体的に言うと?

佐野:日本人が遠慮がちにリバーブ(残響効果)を2ぐらいに入れるところで、彼らは迷わず8へグワっと行く(笑)。残響をめぐる立体感や組み立てが非常に緻密で、しかも奥深い音をつくりがちなんだ。いくつかの楽器それぞれのリバーブを深めにして、その混じり合った中で生まれる倍音に、彼らは美しさを感じているように思う。それは、小さい頃から慣れ親しんできた、教会建築の音経験にあるんじゃないかな。

──日本人が虫籠に鈴虫を入れて鳴き声を聴く習慣を、海外で不思議がられたことがあります。彼らにとっては、それはノイズだと言う。



佐野:それって、環境音を日本人は左脳で受け取り、西洋人は右脳で受け取っているっていう説だよね。その説をはじめて聞いた時、面白いって思った。しかし僕は、本当かなとも思った。うん、と言うのはね、こういうこと。
10代のときに聴いたあるビートルズのレコードがある。それは「アビーロード」。その中で、ある曲が始まる前に環境音が入っていて、虫の鳴らす「トゥトゥ、トゥトゥゥ」っていう音がね、静かに流れてくるんだ。僕はそれを聴いたときに、「ああ、秋の虫なのかな。すごく景色が見えるようだよ」って、いい感じで受け取っていたの。

──「サンキング」ですね。

佐野:ところが、さっきの説を大人になってから知ってね。気になったから、イギリスの友人に聞いてみたんだ。「あの曲の頭を、どういうイメージで聴いてるの?」って。そしたらね、「イギリスの田園の"Nice and Quiet"を思い浮かべる、いいイメージだよ」って言うんだ。なんだ、それなら俺と同じじゃない(笑)。「ノイズではないよ。あれは"Nice and Quiet"な風景が、サーッと拡がるよね」って教えてくれたんだ。

──佐野さんは、どんな音が好きですか?

佐野:とにかく僕を、うっとりさせてくれる音がいいな。で、多分ね、僕はその音だけを聞いてうっとりしてるわけではないんだ。

──聴こえないものを聴いているという意味ですか?

佐野:確かに僕らの耳は、ものすごい能力を持っていると思う。そして、日常あまり100%は使ってないんだろう。それは目にしたってそうだし、脳も嗅覚も同じだよね。本当は僕らの感覚には、いま感じているよりもっと、もっともっとすごく感知できる能力があるんだろうと思う。でも、それとも違う話でさ。音そのものの持っている情報に、個々の人がさらにいい意味で都合のいいイメージを付け加えて聴いていると思うんだよ。

──頭や心で、聴いている音があるわけですね。

うん。音を聴いて、僕は自分のイマジネーションを使って、その音に何かある種の良いイメージを補完している。そして、その補完された音に僕はうっとりしている。そう思うんだよ。ちょっと言ってることが、複雑になっちゃったけど。

佐野元春(さの もとはる) 1956年生まれ ロックミュージシャン。代表作品として「サムデイ」、「ヴィジターズ」「ザ・バーン」などがある。ポエトリーや、雑誌の編集などの分野においても活動。国内において、最も初期の段階からインターネットに参加したアーティストの一人。佐野元春さんのウェブサイト=http://www.moto.co.jp

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